読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

考えようにゃParty time

9人を常に愛でています

私の大学受験記

 まずは軽くご報告させてください。3週間ほど前になりますが、進路が決まりました。無事第一志望の大学に合格することができました。4月からは一人暮らし、環境が大きく変わるということで気分転換のつもりで過去記事をすべて下書きに戻してブログタイトルからなにから色々変えました。Funky Timeが本当に素晴らしくて好きすぎてLINEのひとことまで侵食されています。

 さて、間違いなく人生の大きな関門の一つである大学受験を終えたということで私も自分の受験記をここに書き記しておこうと思います。自分自身を振り返るという目的も兼ねて書いてるので要するに自己満なんですけど、これから受験を控えている方たちの何かしらお役に立てたら幸いです。

 

私のステータス

・国立大医療系学部

・小中高オール公立

・高校は偏差値70程度

・ズボラな山田担

 

〜中3

片田舎の地元の公立に通ってたのでこの頃は正直勉強に困ることはほとんどなかった。高校選びの基準はとりあえず電車通学ができることで、校舎が綺麗な二番手校にしていたが何を思ったか中3の秋に公立トップ校に志望を変えた。合格したが、その後最初の志望校がドラマロケ地に決まり軽く発狂した。

この頃は自分は文系一択だと思っていて、滑り止めの私立も理数科なんて考えもしなかった。当時の面接の資料には法曹になりたいと書いていたと思う。

 

高1

中3の春休み頃に一瞬医学部になぜか興味を持つが、結局自分が血が無理なことに気づき一瞬でやめる。しかしその興味を引きずってなのか、生物基礎が好きすぎて理系を志し始める。第一志望を意識し始めたのは高1の夏頃だったかな?数学は苦手だったし文系寄りなのは明らかだったけれど、思えば中学の頃から理科は好きだったので担任にやんわりと文系を勧められたが理系生物選択に。親には「なんでお前理系に…」と3年間言われ続けた。

この時期の勉強はといえば、学校の課題やその解き直しをやる程度で受験を意識した勉強は全くしていなかった。ていうか家が遠く毎朝5時半おきで部活を終えて家に帰るともう眠くてしょっちゅう寝落ちしてた。この寝落ちは高3まで続く。

 

高2

志望校はこの時点でほぼ確定していたが、高2は正直勉強以外にエネルギーを費やしていた。課題をサボることはなかったけど、テスト中にミスチルのライブ行ったりしてた。笑 さらに中3~高2の秋頃まではジャニはわたしの中で停滞期で、FCは更新続けてたしCD出たら買ったしライブも毎回行ったけど出演番組とか結構抜かしてたしミスチルばっか聴いてたし明らかに力は入っていなかった。しかし高2秋、合法シャブ・JUMPing CARnivalへの参戦によりJUMPへのモチベが劇的に変化したのである。わたしが参戦した公演の時期はちょうど自担が金髪にしていた頃で、それがもう超ウルトラスーパーアルティメットど真ん中ストレートホームランだった。これでもかというほどの美の暴力を振るわれたわたしは再び情熱を燃やすことになった。高2の冬くらいになると受験生0学期とかよく言われると思うんですけど、わたしはとりあえず怒られないように課題はやって成績は学年順位2桁以内に入ってればいいやくらいのもんでした。いちおう高2の冬から予備校には通い始めたけど、まだ受験の実感はなかった。遊ぶな、とは言わないし一日中机でガリガリやらなくてもいいと思うけど少しずつ意識しながら勉強法とか考えていけるといいのかなと今になって思います。

 

高3

いよいよ受験生本番。自担の誕生日を祝ってTwitterはログアウトし、受験終了までの情報源は公式とフォロワーの山田担のお友達だった。いよいよ本格的に某大手予備校にも通い始めた。といっても通常授業を受けていたのは数Ⅲと化学のみで、他の科目は独学と長期休暇中の講習でまかなっていた。確実に勉強時間を確保するため、5月半ばに部活を引退してからは毎朝5時に起きて始発のバスで家を出て学校で朝自習をする習慣をつけた。どうしても睡眠が足りなくなるので朝の通学時間は全部寝てた。笑 受験勉強を始めた頃の私の個別試験で使う3科目の状況は

英語:勉強してないけど英会話中3まで習ってたからかやたらと点はいい

化学:なんかよくわからん(予備校通った途端偏差値10伸びたので本当にわかってなかった)

数学:ヤバイ

といった具合で、とりあえず数学と点の安定しなかった化学に重きを置くことにした。もともと文系科目が得意だったので暗記の方が強いだろうと考え、数学は「とにかく解いて解法を覚える」スタンスをとった。休日はたまにご飯を食べに行ったりはしたが基本的には1日予備校の自習室で勉強。周りも皆そうだったので特に抵抗もなかった。

7月のマーク模試で得点率8割5分を目前にし、受験の天王山・夏休みに突入した。英数化を中心に、体育祭の競技準備などと並行しつつ夏期講習に通い一日10時間以上を目標に勉強した。とは言いつつ1公演だけどDEAR参戦したりもしてました。JUMPのツアーはここ数年横アリが10月頃なので、8月にも来てくれたのは本当に有難かった…良席だったからモチベ上がったし行ってよかったと思っています笑 夏休み終盤には志望校の過去問を1年分解き、現在の自分との距離を測った。

さて、怒涛の夏休みを終え、ここまで判定も順調だった私。しかし、ここで一気に自身を喪失することになる。その夏休み明けに受けた模試で数学偏差値41を叩き出し、それまで見たこともなかったE判定となってしまった。「私なりに一生懸命やったつもりだったのに、結果がこれか」とそのときはものすごく落ち込んでどこも私を入れてくれないんじゃないかと思ったが、「頑張ってる人が好き」という山田くんの言葉を思い出してとにかく模試を解き直し、問題集の類題に当たった。

周りはドラマをセーブしている子も多かったが、自担の初月9はしっかり見たし母にゴリ押しされて逃げ恥も途中から見た。月9は正直ツッコミどころが多すぎたけれど、登場人物のひとりが私の同じ名前で自担が毎回のように私の名前を呼ぶのでそれに湧くために1週間頑張ったみたいなところがあった。なんとか判定も回復し、ドラマが終わる頃にはいよいよセンター試験直前期に入っていた。センター対策は何せ科目が7科目と多いので、多分この時期が一番勉強していたと思う。それまで主に二次試験を意識していた私が本格的にセンター対策を始めたのはこの頃だし、それでも冬休みの間までは記述対策も並行して行っていた。

年末年始ドームのセトリを聞いて「ユアシ見たさしかない」しか言えなくなっていた私だったが、年が明けるとあっという間にセンター試験を迎えた。当日は自担の公式写真アルバムを持ち込んだりリスニングの前はいたジャンを見たりしていたが、結果的には大成功で総合得点率は91%を超えた。山田涼介はやはり神ということがここで証明されてしまった。おかげで前期後期ともに第一志望に出願することができ、二次試験もある程度盤石の状態で臨めた。私が合格できたのはセンター試験のおかげと言っても過言ではないと思います。

 

結果は第一志望に前期試験で合格し、私立はセンター利用を含めて3校受験して全合格、うち2校で特待生を頂いた。自担の主演映画も2本決まっている10周年イヤーに浪人は絶対にしたくなかったので、安心もあったし清々しい気持ちで目一杯今年を楽しめることを心から嬉しく思った。順調なほうではあったけど、もちろん反省も沢山ある。例えば数学で解法暗記という勉強が通用するのはセンター程度までだし、結果として私は最後まで数学が苦手だった。普段のテストでも苦手科目はわかるのだから、時間のある1,2年のうちに自分に合った勉強法を模索しておくべきだと思った。

 

ジャニゴトは、SNSやめたりツアーは夏の1公演にとどめたりと少しはセーブしたが、特に断つことはしなかったし、これは受かったから言えることかもしれないけど断つ必要もないと思った。ベタだけど受験直前期はただ前へとかサクラ咲けとかめちゃくちゃ聴いてたし、花えがおでは自担が「僕がその不安飛ばしてあげる」とか歌うもんだからセンター試験2日目の朝泣いたわ。個人差はあれど今まで追っていたものから隔離されたらストレス溜まるし、いくら受験生とはいえある程度は息抜きをしないと絶対にスタミナが切れる。それをモチベにして励むのもありだと思う。合格発表の頃にはDEAR.のDVDが出てると信じていた私ったらなんて健気!!!Jストさんまだ間に合うからFrom.収録してくれ!!!!

 

大学受験。SNSから離れたことで、他者の意見というある種のしがらみから解放されて自由な気持ちで応援することができるようになった。支えてくれる家族や友達のかけがえのなさに気づいた。大変で辛くて苦しいけれど、自分と向き合い、見つめ直すことのできた大切な時間だった。もう二度とやりたくないけど、本当に経験できて良かったと思っています。これから受験を控えている人には、是非悔いのない、自分に自信を持てる時間を過ごしてほしいと思います。

3750字も書いてしまいましたが、最後まで読んでくれた方本当にありがとうございました。